はじめに ― 名前は、ひとつの箱です
医療や美容の情報を読んでいると、ある種類の言葉によく出会います。「ヒアルロン酸」「コラーゲン」「エクソソーム」「幹細胞培養上清液」。
これらはいずれも一般名です。特定の会社の商品名ではなく、ある性質を共有するものをまとめて指す呼び方です。一般名で書かれていると、読む側はどこか安心します。宣伝ではなく、物質そのものの話に見えるからです。
ただ、ここに落とし穴があります。一般名は「同じ種類である」ことを示す言葉であって、「中身が同じである」ことを保証する言葉ではありません。
今日はこの一点だけを、なるべく丁寧に書いてみます。
きっかけ ― ある総説の紹介記事に書かれていた、短い指摘
2026年8月、美容医療の情報サイトが、組換えヒトコラーゲンについての総説(これまでの研究をまとめて整理した論文)を紹介していました。
はじめにお断りしておきます。筆者は、この総説の原文をまだ確認できていません。 2026年8月18日の時点で、医学論文のデータベース(PubMed)に収載が確認できないためです。ですから以下は、「総説にこう書いてある」ではなく、**「紹介記事が、総説の内容としてこう伝えている」**として読んでください。この記事のテーマが「同じ名前でも中身が同じとは限らない」である以上、筆者が確かめられた範囲も正直に書いておくべきだと考えました。
組換えヒトコラーゲンとは、動物の組織から取り出すのではなく、酵母や細菌、培養細胞にヒトの遺伝情報をもとにコラーゲンを作らせる技術です。動物由来のものにつきまとう免疫の問題や、動物から人へうつる感染症のリスクを避けることをねらいとして研究が進んできました。ただし、作らせる側の生物に由来する不純物など、別の課題は残ります。
紹介記事によれば、この総説は、製品ごとに構造や性質が異なること、臨床研究が限られること、そのため効果と長期的な安全性についてはさらなる検証が必要であることを指摘しているとされています。
短い指摘ですが、これは重い内容です。「組換えヒトコラーゲン」というひとつの名前で呼ばれているものの中に、構造の違う複数の別物が入っていることになるからです。
紹介記事は、この総説が長期の組織反応や遅れて出てくる炎症反応にも触れていると伝えています。ただし、それぞれがどう書かれているかは、原文を確認するまで断定できません。
「一般名」が約束していること、していないこと
なぜ、同じ名前なのに中身が違うということが起きるのでしょうか。
一般名はふつう、**「何からできているか」「どういう種類のものか」**を表します。作り方や、細かい構造や、混ざっているほかのものまでは、名前の中に入っていません。
「組換えヒトコラーゲン」という名前は、「遺伝情報をもとに作らせたコラーゲンである」ことは示します。しかし、どの生物に作らせたのか、どの型なのか、どんな加工をしたのか ―― それは名前からはわかりません。そして、まさにその部分が、体の中での振る舞いを左右します。
これは料理に似ています。「スープ」という言葉は、汁物であることは伝えます。しかし材料も、味も、塩の量も伝えません。「スープが体にいいという研究があります」と言われても、目の前のスープにそれが当てはまるかは、名前だけでは決まりません。
研究者の側も、同じところを問題にしています
これは、外から批判されているだけの話ではありません。
2026年8月、細胞外小胞研究の国際学会(ISEV)の公式学術誌に、日本の研究者らによる総説が掲載されました(Yoshioka Y, Fujita Y, Ochiya T. Journal of Extracellular Vesicles 2026;15(8):e70358/PMID 42605958)。こちらは原文を確認しています。
この総説では、細胞外小胞を実際の医療で使えるようにするうえで繰り返し詰まる場所が、6つ挙げられています。
そのいちばん最初が「同一性(アイデンティティ)」 ―― それが何であるかを、誰が測っても同じように言えるかどうか、という問題です。続いて、純度(余計なものが入っていないか)、力価(どれくらいの働きがあるとみなすか)、測定の比較可能性(別の施設の数値と比べられるか)、製造の管理(ロットごとに同じものができるか)、安全性が並びます。
この総説はまた、「治療として使う細胞外小胞の製品」と「培養上清」は区別して扱うべきであるとも述べています。日常では近い意味で使われがちな二語を、研究と規制の場では分けて考えよう、という提案です。
言い換えれば、「中身が同じだと言えるようにすること」自体が、この分野の現在進行形の課題なのです。
エクソソーム・幹細胞培養上清液でも、同じことが起きています
ここからが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
「エクソソーム」は、細胞が出す非常に小さな袋(細胞外小胞)の一種を指す一般名です。「幹細胞培養上清液」は、幹細胞を育てた培養液から細胞を取り除いた上澄みを指す一般名です。どちらも、特定の製品の名前ではありません。
先の総説が「同一性」「純度」「製造の管理」を課題に挙げるということは、裏を返せば、この名前の下にあるものが少なくとも次の点で変わりうる、ということです。
- どの細胞が出したものか ―― 脂肪、骨髄、臍帯、歯髄など、由来する組織が違えば含まれるものも違います
- 誰の細胞か ―― 提供者の年齢や状態で、細胞の出すものは変わりえます
- どう育てたか ―― 培養液の組成、酸素の濃度、何代まで継代したか
- どう取り出したか ―― 分離・精製の方法が違えば、集まる粒の集団そのものが変わります
- どう保管され、どう届いたか ―― 温度や時間の管理
つまり、「エクソソーム」という一語の中には、由来も作り方も濃さも違う、たくさんの別物が並んでいます。「製品ごとに構造や性質が異なる」という指摘は、エクソソームや幹細胞培養上清液についても構造としては同じことが言えます。素材はまったく違いますが、「一般名がばらつきを覆い隠す」という点は共通している、というのが筆者の見方です。
いま、公的にどう位置づけられているか
厚生労働省医政局研究開発政策課が2024年(令和6年)7月31日に発出した事務連絡「幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)」では、次のように示されています。
「現時点で、使用されるエクソソーム等で諸外国を含め有効性・安全性が示され、薬事承認を得て製造販売されている医薬品はありません」
あわせて同事務連絡は、これらの医療について特にその安全性について留意する必要があるとしています。
もう一点、書いておかなければならないことがあります。
「効果がまだ確かめられていない」ということと、「リスクがまだ確かめられていない」ということは、対になっています。 片方だけを受け取ることはできません。
幹細胞培養上清液やエクソソームを用いる医療については、注射や点滴に伴う一般的なリスク(注射部位の痛み・腫れ・感染、アレルギー反応など)に加え、由来細胞や製造工程に由来する不純物、想定外の免疫反応、そして長期的にどうなるかがわかっていないという不確かさがあります。
「まだ確かめられていない」は、「安全だと確かめられた」ではありません。名前の話をしてきましたが、ここも同じ構造です。
では、患者として何を確かめればよいのでしょうか
難しい知識は要りません。名前を聞いたときに、もう一段だけ下に降りるという習慣で足ります。
① 「その研究は、いま話しているものと同じものについての研究ですか」
一般名が同じでも、研究に使われたものと目の前にあるものが同じとは限りません。これは意地悪な質問ではなく、研究者自身が「製品ごとに異なる」ことを課題に挙げている以上、当然の確認です。
② 「それは、どこから来て、どう作られたものですか」
由来する細胞、作り方、品質の管理。答えられる範囲は施設や治療の種類で違いますが、「答えられる範囲がどこまでか」を聞くこと自体に意味があります。
③ 「それは、どの段階にある話ですか」
培養皿の中の実験なのか、動物での実験なのか、人に使われたのか、人で比較試験が行われたのか。段階によって、言えることの重さはまったく変わります。
ついでに申し上げると、この記事で取り上げた二つは、いずれも「総説」です。総説は、新しく人で試した研究そのものではなく、それまでの研究を整理し直した文章です。整理する人がいるということは、整理が必要なくらい材料がばらついている、ということでもあります。
この三つは、どこで受けるかにかかわらず、聞いてよい質問です。質問すること自体は、受ける側の当然の確認にあたります。
それでも、研究には意味があります
ここまで慎重な話を続けてきましたが、「だから全部あてにならない」という結論ではありません。
組換えヒトコラーゲンの総説も、細胞外小胞の総説も、否定するために書かれたものではありません。どちらも、実際に使えるようにするために何が足りないかを整理しようとしている文章です。限界を書けるということは、それだけ議論が具体的になったということでもあります。
大事なのは、期待と、いま確かめられていることを同じ大きさで受け取らないことです。名前が同じであることと、中身が同じであることは別です。そこに一枚の隙間があると知っておくだけで、情報の受け取り方はかなり変わります。
おわりに
「ヒアルロン酸」「コラーゲン」「エクソソーム」「幹細胞培養上清液」。
こうした言葉は便利です。便利だからこそ、ひとつの箱の中に、違うものがいくつも入ってしまいます。
名前を聞いたら、もう一段下に降りてみる。「それは、どれのことですか」と聞いてみる。今日お伝えしたかったのは、それだけです。
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この記事で触れた資料
- 厚生労働省医政局研究開発政策課 事務連絡「幹細胞培養上清液及びエクソソーム等を用いる医療について(周知)」令和6年(2024年)7月31日
- Yoshioka Y, Fujita Y, Ochiya T. Regulatory Science of Extracellular Vesicles: From ISEV Standards to Translational Implementation (Insights From Japan). J Extracell Vesicles 2026;15(8):e70358(PMID 42605958)
- 組換えヒトコラーゲンの総説については、美容医療情報サイト「ヒフコNEWS」の2026年8月17日の記事を通じて内容を知りました。原文は本記事執筆時点で未確認です。
本記事は一般的な健康情報であり、特定の治療をすすめたり個別の診断・治療方針を示すものではありません。ご自身の症状や治療について判断が必要な場合は、主治医・医療機関にご相談ください。







