この記事の位置づけ(過去記事との差分)
これまでの記事では、エクソソームについて「幹細胞治療との違い」「由来(原料)の違い」「投与経路の違い」「製造と品質管理の見えない差」「化粧品と医療の線引き」「保存の前提」などを扱ってきました。本記事は、そのどれとも重ならない一点だけを扱います。広告や説明書に書かれる「〇〇億個」という粒子の数です。過去記事では、この数字は確認事項リストの一項目として触れただけで、正面から扱ったことはありませんでした。今回は、2026年7月30日に公表されたある技術の話をきっかけに、この数字が何を意味し、何を意味しないのかを整理します。
きっかけ ― 「選ぶ・見る・回収する」が、いま特許出願された
2026年7月30日、国内の3社(スペースシードホールディングス、リジェネソーム、ヨダカ技研)が、共同で特許を出願したことを発表しました。発明の名称は「マイクロ流路を用いたナノ粒子の抽出検出方法、装置、システム及びカートリッジ」(特願2026-120790)というものです。
かみ砕くと、1mLほどの検体から、細胞外小胞(エクソソームを含む小さな粒)を、大きさで選び分け、その場で見て、必要な分だけ回収する——これを1本の細い流路の中でまとめて行おうという技術です。発表資料に治療効果の主張はなく、大型の設備を必要とせずに現場で分析できることが利点として挙げられ、用途のひとつとして老化研究やバイオマーカー研究が示されています。
ここで知っておいていただきたいのは、技術のすごさではありません。2026年の時点でも、「エクソソームを取り出して数える」こと自体が、新しく特許が出願される課題として扱われている、という事実のほうです。
裏を返せば、こういうことになります。**「〇〇億個」という数字は、測定の方法や前提が示されていなければ、施設や検体をまたいで同じ意味を持つとは限らない。**これは特定の施設や広告表示を指して述べているのではなく、細胞外小胞の計測という技術がいま置かれている段階についての話です。
そもそもエクソソームとは(おさらい)
細胞は、自分の中の成分を小さな膜の袋に詰めて外に出しています。その袋の一種がエクソソームで、細胞外小胞と呼ばれるグループに含まれます。中にはタンパク質やmiRNAなどが入っていて、他の細胞に届く「小さな配達便」のような働きが研究されています。
大切な前提として、**エクソソームを使った医薬品として承認されたものは、日本にも諸外国にもありません。**これは厚生労働省が再生医療等提供機関の管理者に宛てて出した事務連絡(令和6年〔2024年〕7月31日)に明記されている内容で、同事務連絡は「諸外国を含め有効性・安全性が示され、薬事承認を得て製造販売されている医薬品はありません」と述べ、実施にあたっては医師・歯科医師の責任のもとで特に安全性に留意する必要がある、としています。本記事執筆時点(2026年8月)でも、この前提は変わっていません。研究が進んでいる領域であり、確立した治療として位置づけられている段階ではありません。
「数える」が、思っているより難しい三つの理由
1. 似た大きさのものが、たくさん混ざっている
血液や培養液の中には、エクソソームと大きさが近い粒がほかにもあります。タンパク質の塊、脂質の粒、細胞のかけら。大きさだけで選り分けようとすると、それらも一緒に数えてしまう可能性があります。冒頭の特許出願が「大きさで選ぶ」ことをわざわざ技術の柱に据えているのは、この難しさがまだ解決しきっていないからだと読めます。
2. 測り方が違えば、数字も違う
粒の数を測る方法はいくつかあり、原理が異なります。同じ検体でも、方法が変われば桁が変わることが起こりえます。細胞外小胞の分野では、分離法と測定法を明記すべきだという指針が示されており、国内でも日本再生医療学会(協力:日本細胞外小胞学会)から「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス(第1版)」が公表され、先ほどの厚生労働省の事務連絡も、品質やリスクの管理についてこのガイダンスを適宜参照するよう求めています。こうした指針がわざわざ必要とされていること自体が、裏返せば、分離法と測定法が明記されていない数字は比較できないということを意味します。
3. 「何を」数えたのかが書かれていないことがある
「〇〇億個」とだけ書かれている場合、それが粒の総数なのか、エクソソームと確認できた粒の数なのか、判断できません。前者であれば、混ざりものを含んだ数である可能性が残ります。
「多いほど良い」とは、まだ言えません
数の話と切り離せない論点がもうひとつあります。同じ「エクソソーム」でも、どの細胞から採ったかによって、働く方向が違うらしいということです。
2026年8月に発表されたある動物実験(ラットの変形性関節症モデルの研究)では、ヒトから採った4種類の細胞——骨髄由来の間葉系幹細胞、軟骨細胞、そして2種類の軟骨前駆細胞——から得た細胞外小胞を並べて比べています。その結果、**軟骨の修復がよかった由来と、免疫のはたらきを調節する性質が強かった由来が、別々に分かれました。**つまり「どれが一番優れているか」ではなく、「何をさせたいかによって選ぶものが変わる」という形の結論です。なお、これはラットに投与した研究で、ひとつの動物モデル・限られた数の関節での比較にとどまります。人の関節にそのまま当てはめられるものではありません。
さらに、2026年7月に国内の大学(大阪大学)から報告された研究では、同じ細胞から採った培養上清(細胞が出した成分を含む液)でも、培養工程の「いつ」採ったかで中身が質的に変わることが示されました。増殖を促す性質が強い時期と、組織の修復に関わる性質が強い時期が、工程の中で移り変わっていく、という内容です。こちらも人に投与した研究ではなく、製造工程を調べた基礎的な研究です。
これらを合わせると、数だけを増やしても、中身の性質が目的と合っていなければ意味が変わってしまう、ということになります。数は「量」の情報であって、「質」や「向き」の情報ではないのです。
数の前に、前提としてのリスクの話
数の読み方を書いてきましたが、その手前に置いておくべき前提があります。エクソソーム等を用いる医療は、有効性・安全性が確認されて薬事承認を受けた医薬品を使う医療ではありません。
先ほど引用した厚生労働省の事務連絡は、この点について、当該医療を行う場合には実施する医師・歯科医師の責任のもとで特にその安全性について留意する必要があると述べています。
つまり、承認された医薬品であれば添付文書にまとめられているはずの「起こりうる副作用の一覧」が、この分野にはまだ存在しません。注射や点滴という投与行為そのものに伴うリスク(注射部位の痛み・腫れ・内出血、感染、アレルギー反応など)は避けられませんし、生物由来の材料を体内に入れる以上、現時点で全容が把握されていない反応が起こる可能性も残ります。
これは「危険だからやめておきなさい」という話ではありません。リスクの一覧がまだ確定していない領域であるという事実を、数字の大小より先に知っておいてください、という話です。実際に検討される場合には、想定される有害事象と、それが起きたときにどう対応する体制があるのかを、担当する医師に必ず確認してください。
数字の前に、確認しておきたい五つのこと
- その数は、何を数えた数ですか ― 粒の総数か、エクソソームと確認された数か。
- どの方法で測りましたか ― 測定法の名前が答えられるか。
- どの細胞から採ったものですか ― 由来と、その根拠。
- ロットごとに、数値はどれくらい変わりますか ― 変動をどう管理しているか。
- 数以外に、どんな指標を見ていますか ― 数しか語られない説明は、情報として薄い可能性があります。
これらに丁寧に答えられる説明であれば、少なくともその施設が自分たちの扱っているものを把握しているという材料にはなります。ただし、これは施設の優劣を判定する基準ではありません。答えられなかった項目があったとしても、それだけで良し悪しが決まるものではありませんし、答えられた項目が治療の結果を約束するものでもありません。ここに挙げたのは、あくまでご自身が納得して判断するために、手元に置いておきたい情報の一覧です。
数字が無意味だ、という話ではありません
誤解のないように書いておきます。粒子数を示すこと自体は、悪いことではありません。むしろ、何も示さないよりは示したほうがよい情報です。問題は、その数字が単独で、比較可能な指標のように見えてしまうことにあります。
「〇〇億個」は、車でいえばエンジンの排気量のようなものかもしれません。まったく無関係ではありませんが、それだけでどこへ行けるかは決まりません。
まとめ
- エクソソームを「取り出して数える」技術は、2026年時点でもなお開発が続いている段階です。
- したがって「〇〇億個」という数字は、測定法や前提が示されていなければ、施設や検体をまたいで単純に比べられるものとは限りません。
- 由来となる細胞や、採取した工程の時期によって、中身の性質そのものが変わることが研究で示唆されています。
- 数は「量」の情報です。目的に合っているかどうかは、数だけでは判断できません。
- 現時点で、エクソソームを用いた医薬品として承認されたものはありません。研究が進んでいる分野である一方、確立した治療ではなく、起こりうる副作用の一覧もまだ確定していないという前提は変わっていません。
数字を見たときは、その大きさに反応する前に、「これは何を、どうやって数えた数ですか」と一言たずねてみてください。その質問への答え方に、多くのことが表れます。
まずはカウンセリング・ご相談のご予約を
本記事は一般的な健康情報であり、特定の治療をすすめたり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。また、特定の医療機関・製品・広告表示を評価するものでもありません。症状や治療についてのご判断は、主治医・医療機関にご相談ください。







